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東京地方裁判所 昭和35年(行)10号 判決

判   決

原告

高尾健嗣

右訴訟代理人弁護士

中村忠充

被告

人事院

右代表者総裁

入江誠一郎

右指定代理人

木下良平

山田通

堀越国雄

斧誠之助

右当事者間の昭和三十五年(行)第一〇号判定取消請求事件につき判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  本案の申立

原告は、「被告が文部大臣の原告に対する文部教官辞職承認の不利益処分につき、原告の審査請求(人事院昭和三十三年第一三号事案に基き、昭和三十四年九月十六日附を以てなした判定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

二  請求に関する陳述

原告は請求の原因として次のように陳述した。

1  原告は昭和三十一年四月一日文部教官に任ぜられて国立鹿児島大学助教授となり、爾来同大学医学部に勤務していたが、その担任する神経精神医学教室の管理運営に関する責任者の措置上遺憾とすべき事例を逐一指摘のうえ、かくては留任に堪えない旨の辞職事由を記載する昭和三十三年七月二十二日附書面を以て、同大学々長を経由し、文部大臣に辞職の申出をなしたところ、文部大臣は同年九月三十日附を以て右申出を承認し、同年十月八日その旨の人事異動通知書を原告に交付した。

2  しかしながら、右辞職承認処分は下記の点に看過を許さぬ違法な瑕疵がある。

イ  原告はさきにも右辞職願におけると同旨の辞職事由を記載する(a) 昭和三十二年四月二日附及び(b) 同年七月三十日附の各書面を以て、再度にわたり辞職の申出をなしたが、右(a)の辞職願は右同日頃大学医学部長限り、右(b)の辞職願は昭和三十三年七月二日右大学々長限りで、いずれも辞職事由たるに適しない事項が特記されている以上、これを受理して文部大臣に進達するに及ばないとして返却された。かような大学管理機関の措置は、ゆうに公法上の先例をなすものというべきところ、同大学々長は、原告が同月二十二日附を以てなした前記辞職願については、その辞職事由の適否を不問に付して、これを文部大臣に進達したのであるから、右進達行為は先例違背の瑕疵を具有するものというべく、これに基き発せられた文部大臣の辞職承認処分も、その瑕疵を当然承継し、違法たるべき筋合である。

ロ  のみならず、原告の右辞職願は、これに表示した辞職事由からも明らかなように、もとより辞職を真意とするものではなく、むしろ教室の管理運営の改善を促すことに真意が存したものであると同時に、その真意については右大学々長は勿論、任命権者たる文部大臣も了知するところがあつたから、辞職の申出として効力を生ずるに由がなく、従つてその有効なことを前提とする文部大臣の辞職承認処分は違法たるを免れない。

3  そこで、原告は右辞職承認処分(不利益処分)を不服とし、同年十月十五日被告に審査を請求したところ、被告は右請求を人事院昭和三十三年第一三号事案として受理し、公平委員会の審理に基き、昭和三十四年九月十六日附を以て右不利益処分を承認する旨の判定をなしたが、右判定は事実誤認の結果、右処分の瑕疵を看過したものという外なく、その違法たるや明らかである。よつてこれが取消を求めるため本訴請求に及んだ。

被告指定代理人は答弁として次のように陳述した。

1  原告主張の前掲請求原因中、1の事実は認める。2のイの事実は、原告主張の(a)及び(b)の各辞職願が返却されたことのみを認め、その余を否認する。2のロの事実は否認する。3の事実は、被告の判定に事実誤認があるという点を除き、これを認める。

2  右(a)及び(b)の辞職願が返却されたのは、辞意が疑わしかつたためであつて、なにもその形式に難点があつたためではない。なお右(b)の辞職願については、特に鹿児島大学々長の指示に基き、同大学医学部内において学部長の外、教授及び助教授各二名から成る調停委員会が調査したところによつても辞意が定かでなかつたのである。従つて右各辞職願返却の事例が原告主張の趣旨において公法上の先例とさるべきいわれはない。一方原告の昭和三十三年七月二十二日附辞職願が同大学々長から文部大臣に進達され従前と異る取扱を受けたのは、原告において勤務条件に変更をみない以上、継続勤務の意義がないとして辞職の承認を督促したことによつて、辞意が確認されたからであつて、右辞職願を以て無効と解すべき根拠はさらにない。

3  されば、原告主張の前掲請求原因事実中、2冒頭の部分及び3の前記除外部分はいずれも理由がない。

三  証拠≪省略≫

理由

一  原告が昭和三十一年四月一日文部教官に任ぜられて国立鹿児島大学助教授となり、爾来同大学医学部に勤務していたが、その主張の前掲辞職事由を記載する昭和三十三年七月二十二日附書面を以て同大学々長を経由のうえ文部大臣に辞職の申出(以下本件辞職の申出という)をなしたこと、文部大臣が同年九月三十日附を以て右申出を承認し、同年十月八日その旨の人事異動通知書を原告に交付したこと、被告が原告主張の前掲手続に基き昭和三十四年九月十六日附を以て右辞職承認処分(不利益処分)を承認する旨の判定をなしたことは当事者間に争がない。

二  よつて進んで、文部大臣がなした右辞職承認処分に原告主張の瑕疵があるか否かにつき審究する。

1  (先例違背の有無)

ⅰ  (証拠――省略)並びに当事者間に争のない事実を綜合すれば、次の事実が認められる。すなわち

原告はその勤務上神経精神医学教室に所属したが、右教室の管理運営、例えば診療担当の決定、研究費の配分、出張旅費の支出等に関する同教室主任教授佐藤幹正の措置に遺憾とすべき点があるとし、その不満に発して本件辞職申出をなしたものであるところ、これよりさきにも同一の動機から同趣旨の辞職事由を記載した昭和三十二年四月二日附及び同年七月三十日附の文部大臣宛各辞職願(前者を(a)後者を(b)とする)を右大学医学部に提出した。しかるに(a)の辞職願は右同日頃同学部々長教授繩田千郎から同学部事務係を通じて原告に返却され、(b)の辞職願は同年八月三十日一旦右大学々長福田得志に回付されたが、昭和三十三年七月二日同学長から返却を至当とする旨の示達のもとに右学部に返戻され、同月二十四日開催の同学部教授会の決定に基き同月二十六日同学部事務係を通じて原告に返却された。

ⅱ しかしながら、(a)及び(b)の各辞職願返却の理由が原告主張のように辞職事由の記載内容の特異性という単なる形式上の点に存したことについてはこれを肯認するに足る証拠はないのみならず、むしろ(証拠――省略)を綜合すれば、右各辞職願返却には下記の経緯が介在したことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。すなわち

イ 繩田学部長は(a)の辞職願が前記のような辞職事由を掲げた異例のものであつたところから、その取扱に腐心したが、結局原告所属の前記教室の管理運営上原告が右辞職事由中において指摘するような点が仮にあつたとしても、これを是正すれば足り、なにも原告が辞職する必要はないという考慮から、原告に辞職の真意はないものと判断して、右辞職願を返却した。

ロ しかるに、原告が再び(b)の辞職願を提出した後昭和三十二年八月二十七日右学部長に対しその文部大臣宛進達を同年九月五日までに完了すべく督促したので、同学部長は右辞職願を一応正式に取上げる外はないとし、同年八月三十日これを福田学長に回付した。

ハ 一方同学長は同月二十九日原告から右同様の督促を受け、越えて同月三十日右辞職願の回付を受けたが、その辞職事由の記載内容に鑑み、もし原告所属教室の管理運営上原告指摘の点があるならば、これを是正して、かねて承知の右教室内における教官の間の不和を解消することによつて、原告の留任を図るのが妥当であると判断したが、同年九月三日繩田学部長の立会を得て原告に真意を訊した結果によつても、なお且つ右判断が動かされなかつたので、翌四日原告から右辞職願に添付すべきものとして、「同月三十日の発令を希望する」旨を記載した文部大臣宛の書面の提出を受けたけれども、同月七日繩田学部長に対し、学部内の適当な機関により実情を調査して、右教室内の紛争解決に尽力し、その結果及び意見を答申すべく、指示した。

ニ そこで、右学長の指示に沿うため、同月十二日開催の医学部教授会の決議に基き、繩田学部長の外、臨床医学担当の教授、助教授各二名の構成を以て設置された委員会(但し後記学部長の更迭により、同年十二月以降は繩田旧学部長に代り新学部長佐藤八郎が構成員となつた。)はその後六回にわたり会合を開き、右教室の管理運営に関し原告指摘の点の調査にあたり、且つ原告と佐藤幹正主任教授との間に看取された反目の状態を解消すべく両者の意思の疏通を図り、結果としては短時日に解決の望みがないことを嘆じることになつたが、原告の辞職願提出については首肯するに足る必然性が存在しないため、原告の真意が疑わしいと推断し、又その事由の性質上これを進達するのは穏当を欠くという考慮も働いて、原告に辞意がないものとしてこれを返却すべき旨の意見を採択し、昭和三十三年五月頃の教授会においてこれを発表したところ、同教授会もこれに同調し、その旨学長に答申すべく決議した。

ホ しかして、その間には昭和三十二年十二月中右学部長の更迭があり、同学部教授佐藤八郎が新たに学部長に就任していたが、佐藤学部長は右教授会の決議に基き、昭和三十三年五月十四日原告に辞意がないと理由を以て右辞職願を返却すべき旨福田学長に答申したので、同学長はこれを採用して、右辞職願を原告に返却すべく決したものである。

ヘ もつとも、原告は(b)の辞職願提出後において昭和三十二年九月七日被告に対し右辞職願の進達に関する行政措置を要求し、同年十二月十日及び同月十九日の二回にわたり福田学長に対し右進達を督促し、同月二十日大学事務局からむしろ医学部に前記ハの答申を督促すべき旨の回答に接するや同月二十二日再び被告に対し右同様の行政措置を要求し、更に昭和三十三年六月二十五日すなわち医学部の前記答申後福田学長に対し右進達を督促する等、しきりに右辞職願の進達を急ぐところがあつたが、他方被告に対し昭和三十二年八月以降再三ならず右辞職願の辞職事由中において指摘した教室の管理運営(勤務条件)に関する行政措置を要求し(例えば同年九月七日には診療分担に関し、同年十月二十九日には教室費の配分、物品管理、助手の決定に関してそれぞれ要求した。)、昭和三十三年二月六日及び同年三月二十五日の二回にわたり右措置を督促する等、自ら辞職事由の消滅を図るところがあつた。しかして右行政措置の要求及びこれが督促の事実は、被告から大学に対する意見聴取及び自主解決の要望等のためにされた連絡によつて、大学にも判明していたところであつたので、右辞職願の進達促進に関して原告が採つた行動は、原告の(b)の辞職願にはその辞意がないものとする前記委員会、教授会、学長等の心証を左右するに足りなかつたものである。

ⅲ  してみると、(a)及び(b)の各辞職願が返却されたのは、いずれも原告に辞職の真意がないものと認められたためであつて、辞職事由の記載内容の特異性にその理由があつたものではないから、右各辞職願が返却された一事があるからといつて、これによつて直ちに本件辞職願のように異例の辞職事由を掲げた辞職の申出は受理すべきではないとする公法上の先例が成立したものとはとうてい考えられないのであつて、その成立を前提とする原告の主張は理由がない。

2  (辞職の真意の存否)

ⅰ  なるほど、前記認定により明らかなように、本件辞職願は原告所属の前記教室の管理運営に関し佐藤主任教授の措置に対する不満から提出され、これに掲げられた辞職の事由も端的に右主任教授の措置上遺憾とすべき事例を指摘しこれあるがため留任に堪えないというにあつたものであるから、もし原告の言い分に理由があるならば、これを解消する限り辞職の事由も自ら消滅すべき筋合のところ、原告自身も右教室の管理運営上右辞職事由中において指摘した点の解決を図るため、本件辞職の申出までには、前記認定のように被告に対し行政措置を要求し、又その後においても後記認定のように被告に対し不利益処分審査請求を、文部大臣に対し不利益措置是正措置要求をなす等、終始積極的手段に訴えていたのであつてみれば、本件辞職願は些か筋違の感あるを免れず、真実原告に辞意があつたものとは受取り難い節がないではない。原告は、その本人尋問において、極力これを強調し、右辞職願はこれにより教室の管理運営方法の是正を促進する手段として提出したにすぎず、その目的が実現しさえすれば辞職には及ばなかつたものである旨を供述している。

ⅱ  しかしながら、(証拠――省略)を綜合すれば、本件辞職願進達までの間には下記の事情が存在したことが認められ、(中略)他に右認定を覆すに足る証拠はない。すなわち

イ 原告は昭和三十三年七月三日医学部事務長有村一男から(b)の辞職願返却の内示を受けながら、敢てその返却に先立つ同月二十二日本件辞職願を提出すると同時に、学長及び学部長に対し右辞職願を撤回する意思がない旨を通告し、越えて同月二十六日(b)の辞職願の返却を受けるや学長に対し重ねて右同様の通告をなした。

ロ そこで、医学部教授会は同月三十一日本件辞職願の取扱につき協議し、前例にならい右辞職願が辞職事由中において指摘する原告所属教室の管理運営上の諸問題に関し実情の再調査及び事態の円満解決に当ることとし、佐藤学部長の外、基礎医学担当の教授五名を以て構成する委員会を設置した。

ハ しかして、右委員会は同月八日、十一日、十三日、十八日及び同年九月四日の都合五回にわたり会合を催し、事情聴取及び討議を行つたが、その間において構成員たる大森浅吉及び大保不二夫の両教授は直接原告にその言い分を訊し、佐藤主任教授に意見を求めながら、両者間の仲裁を図るところがあつた。

ニ ところが、原告は右両教授から研究費の配分につき佐藤主任教授との間に妥協の余地があるか否かの折衝を受けた際、本件辞職願の形式に話題が触れるや、佐藤主任教授との関係から円満に勤務を継続し難い事情にある以上、問題が解決しても辞職する意思であること、但し辞職事由を普通の形式に改める気持は毛頭ないことを表明し、又右委員会の第三回目の会合以前において大森教授から精神科の医師の求人申込がある旨を告げられた際、既に就職先も定つているのに辞職できないので困つている旨を洩した。

ホ のみならず、原告は大学及び学部管理者に対し、同年八月十一日右辞職願を同月十六日までに文部大臣に進達すべく督促し、次で同月十八日「自発的退職については憲法で保障されている国民の基本的人権でありますので憲法及び公務員法に牴触しないように御善処下さい。また法規によつても退職が特に教育業務に支障を及ぼす理由がない限り退職願の一時保留は認められませんので御留意下さい。……(中略)……前に提出しました退職事由についてはそれぞれの方法を別にとります。退官とは関係なしに措置をとる予定です」と記載した書面を以て、右辞職願を同月三十一日までに文部大臣に進達すべく督促し、更に同年九月十二日にも「自発的退職は憲法第十一条、第十二条、第十三条で保障されている国民の基本的人権の『自由』と憲法第二十二条で保障されている『職業選択の自由』に基くものであること。大学管理者が自発的退職を認めないことは憲法に違反する行為と思料される。自発的退職の法規的取扱については『本人の退職により教育遂行上特に支障があると考えられる場合のほか受理されないことはあり得ない』との文書説明のとおり私が退職したため所属教室の教育業務に支障があるとは全く考えられないので、大学において私の退職を拒否される法的根拠はないと考えます。大学管理者は学校教規に明示されているように『大学職員の業務を総督する』ことが業務で……(中略)……人事権はなく、人事権は任命権者にあると考えます。退職の場合には本人の申出に基いて大学管理者は文部大臣に『申出る』権限があると考えます。……(中略)……大学管理者が文部大臣に申出る場合に管理者として意見具申書は提出できても憲法違反の意見具申や却下はできないと思料します」と記載した書面を以て右辞職願を同月二十五日までに文部大臣に進達すべく督促した。

ヘ かくして、医学部教授会における前記委員会は、同年八月十八日の第四回目の会合では、既に原告と佐藤主任教授との間の仲裁に望みを捨てると同時に、原告に辞意が固いとみて、本件辞職願を進達する外はないものと決定し、同年九月四日の最終の会合では、原告が辞職事由を普通の形式に改めない以上、右辞職願の進達には佐藤主任教授の意見書及び医学部教授会の意見書を特に添付することとし、右教授会の意見書の原案を作成し、且つ佐藤主任教授に原告の辞職事由に関する意見書の提出を求めた。

ト 次いで、同月十八日開催の医学部定例教授会は本件辞職願の処理に関し右委員会の経過報告及び意見を徴し、討議の結果、原告の辞意が固く原告と佐藤主任教授との意見の齟齬が抜き難い以上、右辞職願を受理するのが適当であると認め、右委員会起案の右趣旨の教授会意見書及び佐藤主任教授の意見書を添えて右辞職願を進達することを決議し、佐藤学部長は同月二十二日右決議に基き右各書類を学長に回付した。

チ そこで、福田学長は医学部教授会の意見をもつともとして採用し、同月二十四日文部大臣に対し本件辞職願は異例の形式を践んでいるが、大学としてはこれに基き人事異動を上申するのはやむを得ないものと認める旨の意見を具申して、右辞職願(但し前記各意見書添付)を進達したものである。

リ もつとも、その間においても原告には左のような言動があつた。すなわち原告は前記イのように学長及び学部長に対し本件辞職願を撤回する意思がないことを通告するにあたり、大学管理機関が被告から原告申立の行政措置要求事項につき自主的解決の勧告を受けながら、策を施さないとして非難し、その施策がない以上、辞職願を撤回すると教室の管理運営の現状を是認したことになる旨を附言するところがあり、その後同年七月三十日被告に対し研究費の配分、旅費の支出に関する不利益処分審査請求をなし、同年八月七日被告の事務総局公平局審査課長島四男雄が原告申立の行政措置要求事案に関し現地調査を行つた際、右要求事項中一部についてはこれを撤回し、残部については学内における自主的解決に委ねるか、別途方策を講じるかすべきことを諒承して要求を取下げた反面、同月八日には被告に対し教室内の物品使用に関する不利益処分審査請求をなし、又同月十一日には研究費の配分及び業務分担に関し不利益措置是正措置を要求する旨の文部大臣宛の書面を医学部に提出するとともに、大学及び学部管理者に対し右書面を同月十六日までに文部大臣に進達すべく督促したのであるが、他方前記ニ及びホのように辞意を明確に裏付ける言動があつたため、医学部教授会においても原告の文部大臣に対する不利益措置是正措置要求の如きに対しなんら顧慮を与えず、本件辞職の申出には表裏がないものと判断するに至つたものである。

ⅲ  以上認定の事情のもとにおいては、原告本人の前記ⅰの供述は、もとよりにわかに措信し得る限りではなく、本件辞職願記載の辞職事由の内容及び右事由の解消を指向した原告の言動だけから、原告に辞意がなかつたことを推認するには十分ではなく、むしろ原告がなした右辞職の申出はまさに原告の真意に出たものであつて、その辞職事由につき普通の形式に改めるのを肯じないで、特に教室の管理運営上遺憾とすべき点をそれとして維持しながらその解決に手段を尽したのは、ただ情において佐藤主任教授の措置を看過するに堪えなかつたからにすぎず、本来の辞意にはいささかの動揺もなかつたものと推認するのが相当である。他に原告に辞意がなかつたとの事実を認定するに足りる証拠がないから、本件辞職の申出を無効とする原告の主張は理由がない。

三  果して、そうだとすれば、本件辞職の申出に関し福田学長が進達の措置を講じたことには、原告主張の瑕疵があつたものと認め難いから、その瑕疵の存在を前提として文部大臣の辞職承認処分の違法、ひいてはその違法を看過したとして本件判定の違法を攻撃するのは当らざるも甚しいものといわなければならない。

よつて原告の本訴請求を理由がないものとして棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第十九部

裁判長裁判官 吉 田  豊

裁判官 駒田駿太郎

裁判官北川弘治は転補につき署名捺印することができない。

裁判長裁判官 吉 田  豊

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